格差と欲

先週のTBSラジオ「Life」のテーマが「東京」で、通勤中そのpodcastを聞きながら自分が東京に出てきたときの」ことをちょっと思い出した。
ぼくが自分の意志で東京に来たのは1993年の冬のこと。芸大受験の下見に来たのだったと思うが、実際は真っ先に東京ステーションギャラリーバルテュス展を見たり、ワタリウム美術館に行ったり銀座の画廊をうろうろしたりと、出身地の山口になかった美術にまつわるもの/場所をひたすら巡り歩いてしていた気がする(あとレコ屋も)。その頃の山口市は県立美術館という救いがまだあったものの、美術図書館がなく、県立図書館にもマチスの画集すらない状態で、立ち読みの美術手帖とBS-1の文化ニュースから断片的に得ていた美術の情報をフォローする方法は全くなかった。多分これまでの人生の中で最も情報に飢えていた頃だったと思う。いま想像できる人がいるのかわからないけど、本当にウォーホルどころかマチスのもマネの図版も見れなかったんですよ!知っても全部活字の世界。だから入試で行った先は受験しつつも時間があれば展覧会を回っていたし、その時東京で拾い集めた展覧会のリーフレットやカタログ、チラシは今でも捨てられずに持っています。
そんな情報過疎地だった山口は今ではYCAMという東京でも出来ない公演を行うハコも出来、中には立派な市立図書館もあったり。インターネットもあるので調べる能力さえあれば大抵の画家の作品写真はみることができる。もしもあの頃今の状態だったら東京に出てきていただろうか、なんてことは思ってしまうけど、逆にもっと実物見たくなって早く東京に来てたかな。