「絵画の変奏」 Text by 西村智弘

私も参加した、2001年5月に神田の文房堂ギャラリーで美術評論家の西村智弘さんの監修で開催されたグループ展「リトルネロ」のリーフレットに掲載されていたテキストを、著者にwebへのアップの許可をいただいたので掲載します。「形式主義の絵画」という表現など、ちょっと乱暴なすすめかたかな、と思う部分もあるのですが、基本的にはいまでも有効かつユニークな視点だと思っていて、眠らせておくには勿体ないテキストだなあと常々考えていました。掲載を許可してくださった西村さんに感謝です。
もうひとつ許可をいただいたテキストがあるのですが、長文なのでもうしばし時間がかかりそうです。実は今回のもそうですが元のテキストデータは既にないとのことで読みながら手入力しているのです…。

絵画の変奏 西村智弘

絵画を変奏すること、絵画を有機的なリズムのなかへ投入すること、これが今日の絵画にとって本質的な課題である。しかし、絵画にとってリズムとはなにか。少なくともそれは、カンディンスキー抽象絵画のように、音楽的であるような状態を画面に描くことを意味しない。音楽を図像になぞらえるのではなく、絵画そのものを音楽的な地平へと移行させることが問題である。
わたしは、今回の絵画の展覧会に「リトルネロ」というタイトルをつけた。リトルネロとは「戻ってくるもの」という意味をもつ音楽の形式である。後期バロックの音楽は、三つの楽章をもつ新しい新しい協奏曲を発展させたが、そこで重要な役割をはたしたのがリトルネロであった。リトルネロ形式は、たとえばヴィヴァルディの協奏曲において典型的にみられる。最初にオーケストラで演奏されるリトルネロは、器楽の独奏と交替しながら繰り返し現れるが、そのときリトルネロは異なった調や変奏されたかたちで変奏される。リトルネロは、同一の主題をつねに異なったかたちで展開する。異質なものへと回帰すること、それがリトルネロの特徴であるといえようか。
絵画の変奏とは、まず第一に絵画を異質なものへと回帰させることを意味する。つまり絵画は、絵画という領域の境界線をあらためて引き直し、従来と異なった調を演奏する必要があるということだ。これまで絵画は、同一的な反復に固執しすぎていたといわねばならない。たとえば形式主義の絵画は、絵画の本質を還元的に追求したが、結果的に絵画を「絵画は絵画である」という自己同一性のなかに閉じ込めてしまった。一方、たんに主観的なイメージを描くような絵画もまた、作家自身のアイデンティティーという自己同一性にとらわれているように思える。同一的なものへと絵画を収斂させるのではなく、新たな地平に向けた絵画の更新を試みなければならない。
今回の展覧会は、近年における絵画の更新を見つめようとするささやかな試みである。出品しているのは、大槻英世、河口彩、佐藤譲二、末永史尚、硨島伸彦、松本三和、村林基の七人で、1970年以降に生まれた若い世代に属している。これらの作家たちは、かならずしも同一の理念を共有しているわけではないが、そこに共通した傾向を指摘することは不可能ではない。たとえばそれは、フラットな画面の感覚、スタイルの明快さ、ストイックな姿勢、遊戯的な意識などである。
しかし、もっとも本質的な共通点は、絵画を固定したものとして考えないという態度にあるのではないか。つまりそこには、求心的に絵画を追求するのではなく、遠心的に絵画を展開させようとする意識が認められる。かつて美術史家のヴェルフリンは、静的な調和を求めるルネサンスの美術に対し、多様なものを統合しようとしたバロックの美術を「開かれた形式」と呼んだが、彼らは絵画という形式を開かれたものとして提示する手段を獲得しているといえるといえよう。
ドゥルーズ=ガタリは『千のプラトー』のなかで、「絵画のリトルネロ」について語っていた。ドゥルーズ=ガタリリトルネロに独自な概念を与えているが、簡単にいえば、混沌のなかにひとつの立脚点を設定しながら、さまざまな領域と交差する地平を形成することだといえよう。展覧会の出品者もまた、そうした新たな創造が生まれるプロセスに身を置いている。絵画という限定的な手段を用いながら、他の領域を横断する自由な態度を獲得しているからである。このことは彼らの作品が、リズム的な次元にあることを示しているとはいえないか。なぜならリズムの本質とは、機械的な正確さで同一の音を反復することにあるのではなく、たえまない変化のなかで類似する音を更新させることにあるからだ。このような彼らのリズム的な姿勢に、わたしは今日的な絵画の可能性を見いだす。
今回の展覧会は、七人のリトルネロの画家たちが奏でる絵画の協奏曲である。それはまた、前の世代と後の世代をつなぐ間奏曲であると同時に、新たな絵画の地平を示す序曲となるであろう。

参考:
http://www.voidplus.jp/2006/07/post_13.php
http://www.aobi.jp/nishimura/西村智弘@void+

http://editnews.exblog.jp/3493388/大槻英世@アーティストシェア
http://page.freett.com/normal7/japan/kawaguchi/index.html河口彩@NORMAL
http://www.basegallery.com/exhibit_sato03.html佐藤譲二@ベイスギャラリー
http://kgs-tokyo.jp/human/2005/050117.html硨島伸彦@ギャラリー東京ユマニテ
http://www.japandesign.ne.jp/GALLERY/NOW/murabayashimotoi/村林基@ウェブスカイドア