マンズー美術館の展示最終日と<オブジェ再論>

朝イチで造形大へ。本日最終日の「造形現代美術展」の会場を自分撮りで開館前にざくっと撮影。
開館=撮影終了後、ずっと大学にいようかとも思っていたのですが昨日からの風邪で調子悪く、いったん帰宅。
帰宅後、自宅で安静にしつつ制作。
夕方外出。早稲田のカフェ、なのかな、というスペースでCAMPのイベント、冨井大裕くん企画のトークシリーズ「ツールとしての彫刻」の第一回目「《オブジェ》再論」。
http://ca-mp.blogspot.com/2010/04/100424.html
事前告知では林卓行さんと冨井大裕がゲスト、となっていましたが粟田大輔さんもいらっしゃっていました。
林さんのKeyノートは、昨今の日用品を素材とした立体作品を「彫刻」と呼んでしまっている風潮を問題視し、対概念としてデュシャン以降の「オブジェ」概念を引き合いに。
そしてデュシャン以降の立体作品の歴史を「オブジェ」と「彫刻(あるいは造型)」の間での振れとして読み解いていき、さらに「オブジェ」の先にある、素材としての日用品から機能を読み込んだ作品として、フェリックス・ゴンザレス=トレスのパーフェクト・ラバーズ、冨井くんのスーパーボールの作品を解説していました。
デュシャンを研究されている粟田さんとのデュシャン話も興味深かったのですが、冨井くんが自作を誰でも作れるように指示書を作っている、と言っていた話の流れの中、林さんが、「本当いいものを見せられたときって、手も足も出せないっていう感覚になる、自分ではとうてい出来ないと思う」旨お話されていたのが印象に残っています。僕はそれを制作者との断絶故の芸術への畏怖、と受け取りました。
ただ一方、僕としては「模作をつくってみようという気になる仕組みを作品が備えていることへの畏怖」という感覚も持っています。これも色々理由があってうまく言えないのですが、卑近な例だと、どこまでもコストと時間をかけて作り込むことができる一点物のフィギュアもすごいが、それを簡易にある程度まで皆が作れるように設計されたプラモデルもすごい、というような…。ちょっと違うか。
あ、あと林さんは冨井作品を批判してたわけではなく、むしろ作品を「手も足も出せないもの」と受け止めた上で、指示書を展示することに対しての意見を述べた、という感じです。念為。
トークはUstreamで中継され、動画は保存されているみたいなので、いまからでも視聴出来ます。
http://www.ustream.tv/recorded/6403079

トーク後、やっぱり風邪っぴきの状態だったので大人しく帰宅。帰宅後少し制作。