『やまぐちアーティスト支援事業 末永史尚個展「かげり」記録集』について

「かげり」記録集は今年、2012年2月に山口県にある秋吉台国際芸術村ホールで2日間だけ開催された私の個展の記録をまとめたものです。会場写真約75枚と6本のテキストがおさめられています。



テキストは展覧会後に書かれた一本をのぞき、展覧会開催時に会場に掲示していたものです。これは東京での展示と異なり、ほとんどの鑑賞者が初めて私の作品をみることになる同展で、鑑賞する手がかりになるようなものが必要になるだろうと思い用意したものでした。そしてここでは一人の執筆者に任せず、これまで私の作品を見る機会があり、また面白いリアクションをしてくれそうな方々に依頼しました。
これは会場の磯崎新設計のホールがこけら落としの公演ルイジ・ノーノのオペラ「プロメテオ」に照準をあわせ、ステージと客席の間に単純な見る/見られるの関係を作らない=多焦点が会場のキーワードになっていることへの私なりの反応です。私の作品について一人の視点で解説するのではなく、何人かのそれぞれの視点で書かれたものがふさわしいと思われたのです。



同様の意図により、掲載されている会場の写真も私を含めた5人分のものが集まっています。サポートスタッフとして手伝っていただいたアーティストの鈴木敬二朗さん、芸術村で撮影を依頼していた写真家の太田通洋さん、スイッチポイントの本郷さん、同時期にレジデンスプログラムで滞在していたアーティストの津田道子さん。それぞれが私の思いもよらぬビューポイントを見つけてくれました。



作るにあたり、とにかく写真をたくさん載せないとこの展示の感覚は伝わらないのでページ数が多くないといけない、けどお金はあまりかけられない、という問題があったのですが、それを本の構造を変えることで解決しました。具体的には本文をB1のポスター印刷両面刷りで印刷し、短冊状に切り、つないで蛇腹状にして畳み、両面から読める形に作っています。



ヒントになったのは、グラフィックデザイナーの杉浦康平さんがポスターと書籍について以下のようにおっしゃっていたことでした。

「私は近年、 ポスターを積極的に手がけようと思わない。それは、理由があってのことだ。第一に、B全版サイズの紙は、それを二つに折り、四つに折り…と次々と六回折り重ね、二方を切断すると、日常我々が掌の上に拡げ、読む本の六十四ページ分が、忽然と立ち現れる。四枚もあれば、二百五十ページの書籍が出来上がってしまうのだ。一冊の本に相拮抗するポスターなど、滅多に出現しうるものではない。」
杉浦康平のデザイン」臼田捷治


これをヒントにしつつ、私なりにアレンジしたのが本書です。そしてこの屏風状の形はまた、会場で使用したパーテーションの形につながってもいます。



表紙はチップボール(ハードカバーの書籍の表紙の中に入っている厚紙です)を貼っています。そのままだと取り扱いが困難なので、帯でまとめました。帯を水色にしたのはチップボールのグレーを会場の形態上のモチーフである秋吉台の鍾乳洞、「秋芳洞」の岩に見立てたからでした。そうすると下部はやはり水だろう、というわけです。



書籍デザインは本郷かおるさんです。私のここまでの思いつきをまとめつつ、情報を整理してきれいにレイアウトしていただきました。展覧会DMにも使用した扉の「かげり」の文字の並びは白地に映え、本当にお気に入りです。



私は美術系の図書館で2度仕事をし、書籍の形で展覧会が記録されていることの重要性を実感していました。展覧会は紙媒体に記録されない限り、なかったことにされてしまう可能性すらあるほど時間の流れに対して弱いものなのです。(作品は残るのですが)
ただし一度書籍になってしまえば、この体験の断片は国を越え、時間を超えてどこまでも届く可能性を持ちます。
この展覧会の欠片が様々な時空に届くことを願っています。


やまぐちアーティスト支援事業 末永史尚個展「かげり」記録集
B6版 60ページ
価格: 2,000円
発行日: 2012年8月14日
発行者: 末永史尚
編集: 末永史尚
ブックデザイン: 本郷かおる
テキスト執筆: 石崎尚、中村麗、成相肇、森啓輔、塚田純子
撮影:鈴木啓二朗、太田道洋、津田道子、本郷かおる、末永史尚


※販売は現在 switch point(東京/国分寺http://www.switch-point.com とギャラリーナカノ(山口)での直売のみとなっております。