ギャラリーエス閉廊によせて思い出話

僕も一度、個展をレンタルギャラリーで開いたことがあるが、それがギャラリーエスだった。造形大の図書館でバイトをしながら大学に寄生していた時期で、前年に最初の個展を幸運にも画廊持ちで開いたものの次につながるでもなく、かといって借りてやるのもふんぎりがつかないというちょっとした手詰まり状態が続いていた頃。当時の休憩場所にふらふら行ったらそこにいた一期上で当時教務補佐のMが次の展覧会をやらないのか、みたいな話の流れで「エスでやれば良いじゃん」とか調子良く言い始めた。彼は初個展をエスで開いたばかりだったけど、友人がバイトスタッフにいたこともあり楽しくできていた様子。それは伝わったので「エスならいいかも」と返事したらその場で電話してさくさくスケジュールを決められてしまった。それが2001年正月あけの個展(写真)。
結果的に、エスでやったことで次の展示も決まりそれがまたその後の出会いに繋がっている。あそこで背中を押してもらうことがなければ次の一歩を踏み出せていなかったもしれないと思っているので、いまでもMには感謝しているしスタッフだったEちゃんにも感謝している。
その後移転の際にはMと一緒に壁紙の張り替えバイトを頼まれたり、数度グループ展を企画してもらったりしたものの、親しいスタッフはみな辞めてしまい、ぼくやMはエスとは疎遠になってしまった。ぼくらにとってのエスは実質的にそこで終わっちゃってたんだけど、後輩が数人エスで展示したことでその後の活躍につながっていたのはみていて本当に良かったなと思う。

そんなエスもこの秋閉廊してしまったとのこと。エスの上はミヅマアートギャラリーで、中目黒のミヅマにもサブスペースにミヅマ・アクションができていたので3段階はむつかしかったのかな。それと、ミヅマさんの娘さんのギャラリー「ユカリアート」の立ち上げの件とで。
昨日造形大を訪れた際、卒業後に発表するならここだ、というようなレンタルギャラリーが少なくなってきてるという話を後輩と少し。確かにエスはミヅマに上がれる可能性がちらついてたことも含めてそういう受け皿になっていたかも。
ただし、僕が本当に残念だと思っていることは、なによりもEちゃん発案の幻の作家によるまんが企画「エスコミ」がついに実現しなかったこと、これにつきるのですがわかるひとにしかわからない話。
あとちなみにMは村林基のことです。

加えてもう一つ、「twitter」展の会場写真をサトちゃんに焼き増してもらう話だったようなそのままになってるようなのを思い出した。

関連リンク:
HugeDomains.com - Galleryes.com is for Sale (Galleryes)
JDN /ギャラリー /ウェブ スカイドア 現代篇 /村林 基
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PEELER/字界へ―隘路のかたち/冨井大裕/川見俊/後藤穣/小栗沙弥子(サトちゃん=佐藤克久)