gallery αMオープン記念シンポジウム「変成態―リアルな現代の物質性」に行ってきました。
http://www.musabi.ac.jp/gallery/kari/exhibition.php
直前まで場所を確認していなかったのですが、新αMは労働先のランチ圏内で、シモジマに買い出しに行くときにも側をよく通る通り。しかも労働先と関わりのあったカフェと同じビル内で、いらっしゃい、という感覚。
トミイくんの作品も展示するとのことだったので行ってみましたが、シンポジウムのインフォメーションはきちんとされていたとは言い難かったです。何ついてのシンポジウムなのか始まるまでさっぱりで。
企画された天野一夫さんのたてた構図としては、ざっくりと書くと中原浩大を日本の現代彫刻の流れのひとつのメルクマークだととらえ、それ以降の作家の展開への影響をはかってみたい、という部分もあるらしい。チラシだと並列の出品作家扱いに見えていたので、だったらテキストにそうはっきり書けばいいのに、というか、「彫刻」というタームもチラシテキストにはないし。今回現場で話を聞いたらとたんに面白い企画に見えてきたので、勿体なかったなと。
話の流れも、作家自作紹介、天野さん企画説明、のあとのフリートークも中原浩大について作家に意見をうかがうところから始まり、「彫刻」についての話で終わっていました。
ちょっとまとめづらいんできになったことをひとつだけ。
作家自己紹介のところで袴田さんが直前に解説していたトミイくんのことに触れ、「トミイさんが考えている彫刻が人体彫刻なのとは違い、私が思う彫刻は戸谷さんだったり、伊藤さんだったり岡崎さんだったし、意識していた」とお話されていました。思ったのは、直前の世代への意識と影響を語っていたのは袴田さんだけだったんですよね。他はみな、作品について解説するときの展開が自己完結型というか自律型で他の作家については、語らない。これはみんな自分で形式を作りきったということなのか、自分だけで作品のストーリーを完結させないといけないムードなのか、良くわかんないんですけどね。どっちがいいとか正しいとかではなく、自分だったらどうするだろう、とか、色々考えさせられた、というところで。