木片と絵画

昔、学生時代に遺跡の発掘のアルバイトをしていました。
遺跡といっても縄文とか弥生とかそんな古代のものではなく、都内を掘り返したら出てきたという江戸末期の武家屋敷跡です。基本的には土の中から現れてくる建物の礎石跡を測定しつつ、同時に見つかる欠けた陶器や建物の残骸を丁寧に取り出して記録するという地味な作業です。
ある日その中に楕円形の木片に墨でちょいちょいと点と波線を描きこんだものを見つけました。何だこりゃ、といろんな角度から眺めているうち、それが木片を魚のイメージに寄せたものなのだ、と思うようになります。玩具ともつかぬ、絵ともつかぬ、実際の用い方が想像つかない物体でしたが、その在りようにはとても興味を持ちました。造形的にはとるにたらないものですが、木片が魚に見えたという感覚を数百年前に作った者と今の私が共有できていることに何かしらを感じとったのだと思います。
私が制作しているモノは日々生活の中で見ているものを元にした、それがそのものに見える/見えないの境を漂うモノであると認識しています。今の私の視覚経験を作品として残すことを、既存の絵画・彫刻のルールに作らされる感覚から逃れるように進めていた結果、いつの間にかたどり着いていたモノです。
作為不作為の違い、また目的が異なるので単純に比較はできないのですが、私の制作物も先に述べた木片と同じくのちのどこぞの誰かの目にとまるものになるのかな、などと夢想しつつ制作にむかいます。
(ちなみにそのアルバイトは地中からの菌に負けて外出禁止となるような体調となり辞めたのでした)