「軽い絵」について

開催中の個展「軽い絵」について、展覧会タイトルの意味をあまり聞かれることがなかったりします。お話させていただいた印象では、それぞれで受け止めて考えていただいているのかと思います。
作品も展覧会もすでに手を離れているので正解はないのですが、展覧会の会期も終盤なので、一応タイトルを思いついた経緯はここにメモとして残してみようなと思いあえて筆をとりました。

展覧会タイトルを決めかねていた時、自分はパウル・クレーの方形を描いた作品のことを調べていました。ここで、これらが「magic squre」シリーズと呼ばれていることを知ります。
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/483161
「マジックスクエア」とう語感に惹かれつつ、直訳すると「魔法陣」になるので、ちょっと自作とニュアンスが異なるのかなと思いこのままをタイトルなどで使用することは断念します。

さらに2016年にポンピドゥセンターで開催されたクレーの展覧会「Paul Klee | Irony at Work」のカタログのこの辺りの作品の解説を、翻訳サイトを活用して読みました。その中で示されていた「magic squre」制作動機の読み取りを要約すると、以下になります。
クレーはバウハウスで教え始めた頃、テオ・ファン・ドゥースブルフモンドリアンのデ・スティルの絵画を知ります。デ・スティルの絵画は、現実世界と切り離された完全な抽象作品ですが、クレーの当時の方形を描いた作品ははそれを想起させつつ、他の多くのモダニストたちが否定した空間的・色彩的な伝統とのつながりを彷彿とさせています。これは、クレーのモダニストとしての不徹底さではなく、この運動を古い絵画様式との緊張関係の中に置くことで生じるパロディ的な質への興味の結果だったのではないか。

https://www.centrepompidou.fr/en/program/calendar/event/c75yBng

この解説には、20世紀初頭のドイツで印象派などの動向を示す言葉としてHellmalerei(明るい色彩の絵画)が用いられていたことも記されていました。Hellmalereiは英語にするとlight paintingですが、もとが仏文の中の独語だったためか、機械訳で誤訳が生じ、「明るい絵画」が「軽い絵」と表示されてしまった時間がありました。ここで「軽い絵」という言葉が、画像を絵にすること=重さのない、データピクチャーを絵画という物体にすること=少し重さを付与することという自作についての考え方にフィットすることに気づきます。結果的に、この誤訳で目にした言葉をタイトルとして採用することにしたのでした。

東京都現代美術館「豊嶋康子 発生法─天地左右の裏表」

東京都現代美術館で「豊嶋康子 発生法─天地左右の裏表」をじっくり再見しました。
この展覧会は豊嶋康子さんのこれまでの作品を振り返る回顧展でありつつ、美術館というルールの塊を題材にした新作展でもあるようにも感じました。
30年のキャリアの中で制作されてきた中で、今回展示された作品は約500点。膨大な量です。
これだけのボリュームであるにもかかわらず、この展覧会では鑑賞者に作品を見させられているように感じさせず、自然と作品を見に行くように動いてしまうのがとても不思議なのです。制作者が知りたいと感じた欲求を作品で実践して解消してくのを追うように、体を動かして近づいていってしまいます。コンセプチュアルな仕事ですが、実践を作品としてパッケージしたり、ベストな見せ方を選択できる技があるからこその、この空間づくりなのだと思いました。


例えばこの写真のパネルの展示ですが、配置のルールが混雑しています。普通はグループごとにルールをまとめてしまうので、こうはやらないものです。でもこの割り切れなさが、鑑賞者がぱっと理解したつもりになって流し見するのを止めているのだと思います。


あるいは可動壁の側面に設置された作品があります。こういう壁は広い面積の2面を「壁」だと思って使うものですが、よく考えれば薄い直方体ですから、幅の短い面も壁なんですよね。なので展示できてしまう。そして思うわけです。「壁」とは何か。


草刈機の作品を壁の裏から見ようとすると紐がかかっていて入れないように感じます。けど、この紐はよく見ると額やパネル作品で用いられている紐。これを作品の一部だと認識すると、別にここに潜って入ることも出来たかもしれません(入りませんでしたが)。

かように、美術館で展覧会を見ている際に見る側が内面化しているルールを揺らしてくるのがこの「新作」のすごいところ。こればかりは実際に見て、経験することでしか味わえないと思います。

豊嶋康子 発生法─天地左右の裏表
会期: 2023年12月9日(土)~2024年3月10日(日)
休館日
月曜日(1月8日、2月12日は開館)、12月28日~1月1日、1月9日、2月13日
開館時間: 10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
会場: 東京都現代美術館 企画展示室 1F
観覧料: 一般1,400円(1,120円) / 大学生・専門学校生・65 歳以上1000円(800円) / 中高生600円(480円) /小学生以下無料

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/toyoshima_yasuko/